「夕焼けの光に抱かれて」

短編小説
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「夕焼けの光に抱かれて」

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「夕焼けの光に抱かれて」

夕焼けの丘から見える景色は、彼にとって特別な場所だった。毎日のように、その丘に立ち、広がる空と夕焼けの美しさに心を奪われていた。オレンジ色の光が大地に溶け込み、周囲の景色を柔らかく包み込む瞬間、彼は時を忘れてその景色に見入ってしまう。

だが、今はその美しい景色すら、彼の心の奥では軽やかさを失っていた。彼の名前は海斗。長い間、心の中で温めていた夢が、現実の厳しさによってかき消されようとしていた。学生時代から抱いていた芸術家としての夢、特に絵を描くことで人々に感動を与えたいという思い。しかし、社会に出てからの彼は、現実という厳しい壁にぶち当たり続けていた。希望と絶望の間で揺れ動く日々が続いていた。

夕焼けが丘に映る影。海斗はどこか無力感を抱きながら、丘の頂に座り込んだ。周りの風景は変わらぬ美しさを保ちつつも、彼の心には哀しみが纏わりついていた。美しい色彩は、彼の夢が描かれることを許さないかのように、毎回彼を嘲笑う。

その時、ふと目の前に小さな女の子が現れた。白いドレスを纏った彼女は、赤い風船を手に持ち、嬉しそうに笑っている。彼女の笑顔は、どこか懐かしい光景を思い起こさせた。海斗は自らの子供時代を思い出した。自由な発想と無邪気な夢を持っていたあの頃。しかし今、魂が四方八方に乱れているかのように、彼はその小さな少女に目を向けた。

「こんにちは、絵を描いてるの?」彼女は素直に尋ねた。

海斗は一瞬驚いた。声をかけられるなんて、彼がこの丘を訪れるたびに、誰も彼に話しかけることはなかった。少しの間、言葉が出てこなかったが、彼は微笑んで「ちょっと、そうだね」と答えた。

「私もお絵描きが大好き!」彼女は嬉しそうに声を弾ませた。「夕焼けが好きなの、あの色を見ていると、何でも描きたくなるの!」

その言葉は、海斗の心の中に新たな光を灯した。彼は彼女の明るい目を見つめながら、自らの哀しみを振り払うかのように、一緒に絵を描くことを提案した。少女の名前は彩花。彼女はまるで夜明けのような存在で、海斗の心に眠っていた情熱を呼び覚まし始めた。

「じゃあ、あの夕焼けを一緒に描こう!」彼は嬉しそうに言い、彩花はその言葉に笑顔で応えた。海斗は懐かしい絵の具を取り出し、彩花とともに絵を描き始めた。

色とりどりの夕焼けを彼女と一緒に描いていると、次第に海斗の心も軽くなり、哀しみが薄れていくのを感じた。彼の心の奥に潜んでいた夢が、彼女との交流によって現実の中に呼び起こされ、新しい形を持って目の前に現れてきたのだ。

「大人になったら、何をするの?」彩花がふと尋ねた。

海斗は一瞬言葉に詰まったが、思わず答えた。「夢を追い続けるよ。」

夕焼けの丘の上、ふたりが描いた絵の中に、真っ赤な空と金色の雲が並んでいる。彼は、その瞬間に感じた希望を失わないように、強い意志を持った。

夕焼けが沈み、闇がやってくるにつれ、彼の心にそれまで見えなかった光が差し込み始めた。彩花の純粋な思いは、彼に新たな力を与え、再び夢を追う勇気を与えていた。

その日の終わりには、彼は色あせた夢の片隅に新しい希望の色を吹き込むことができた。哀しみは消え去り、彼の心には再び描くべき未来が見えていた。夕焼けの丘で、小さな少女と過ごした時間が、彼にとっての新しい始まりだった。

彼はその場を後にしながら、自分自身に誓った。もう一度、夢を信じて歩み続けることを。彼の物語は、まだ終わりを迎えていなかった。


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