「午後の約束」

春風が優しく頬を撫でる午後、太陽の光は学校の屋上にぽかぽかと降り注いでいた。生徒たちが校庭で遊ぶ声が、まるで遠くの記憶を呼び覚ますように響いてくる。高橋真理は、この屋上が好きだった。学校の喧騒から離れ、一人静かに本を読むのが日課になっていたからだ。

この日は特別な日だった。彼女はこの場所に、二ヶ月ぶりに家族が揃って帰ってくることを待ちながら、心を弾ませていた。弟の拓也は東京で大学生活を満喫しているし、父は仕事が忙しくてあまり家にいない。母はいつも笑顔で迎えてくれるが、家族全員が集まる機会は少なかった。そんな時、真理はつい最近やっと見つけた老舗の喫茶店のことを思い出した。

その喫茶店は、祖父母の昔ながらの思い出が詰まった場所だった。古い木の扉と、柔らかな照明、そして温かいコーヒーの香りが漂う店内。家族で訪れると、母が特製のケーキを頼んでくれて、拓也がそれを目指してパパと呼んで手を伸ばす姿は、いつも笑いを誘った。真理は、その場所で過ごす時間こそが、家族の絆を強めるのだと信じていた。

午後四時、真理は学校の屋上から下界へと視線を移す。待ち歩く人々の中に、家族の姿を探す。しかし、時が経つにつれて不安が募り、心配に駆られる。やがて、スマートフォンの画面が光り、母からのメッセージが届いた。「着いたよ。真理の好きな喫茶店に向かってるから、待っててね。」その瞬間、真理の胸は高鳴った。ついに家族が集まる。

彼女は学校を後にし、老舗の喫茶店へと急いだ。店の扉を開けると、懐かしい匂いが彼女を包み込み、安心感が広がった。そこには、すでに母と拓也がテーブルに座っていた。母は優しい微笑みを浮かべ、拓也は何かをおどけた様子で話していた。

「真理、おかえり！」拓也が声を上げると、真理の顔にも笑みが浮かぶ。二人は、互いの無邪気な年頃を思い出しながら、笑い合った。その瞬間、真理は心の奥深くで感じる家族の絆の強さを再確認した。

食事の後、母は店員に特製のケーキを頼んだ。しばらくして運ばれてきたケーキは、ふわふわの生地に甘いクリームがたっぷり。真理はその美味しさに目を輝かせ、拓也は嬉しそうに手を伸ばした。

「俺が一番先に食べるよ！」と、拓也が言うと、真理は「ダメだ！私が最初に食べるの！」と返す。

笑い合いながら、ケーキを食べる時間は、まるで止まったようだった。真理は心の中で、この瞬間を永遠に続けてほしいと思った。家族の絆が、何よりも大切であること。家族が一緒に存在することが、どれほど幸せであるかを再確認する時だった。

しかし、その温もりを感じていると同時に、真理は不安も抱えていた。拓也は東京での生活に厚くのめり込んでいる。一緒に笑い合っている今がずっと続けばいいけれど、それは現実ではないことも理解していた。彼が家族のもとを離れ、さらに遠くに行く日が来てしまうのではないかと心配だった。

「拓也、大学生活はどう？」彼女は恐る恐る聞いた。拓也は困った表情を見せてから、「楽しいよ。ただ、たまに家族のことを思い出しちゃう」と答えた。その言葉に、真理は安心すると同時に、もう一度家族全員で集まる時間を大切にしようと心に決めた。

その日、温かいコーヒーの香りとともに母の笑顔、拓也との思い出が織り交ざり、真理はさらに家族の絆を深めていくことを願った。彼女は、これからも何度でもこの老舗の喫茶店にみんなで集まり、思い出を作っていこうと心に誓った。

夕暮れが近づき、店の窓から見える景色が柔らかなオレンジ色に染まる中、真理は幸せな気持ちでいっぱいになっていた。家族の絆は、どんな時でも温かく包み込んでくれる。彼女はその思いを胸に、明日もまたこの場所で会うことを楽しみにした。