「満月の下の真実」

短編小説
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「満月の下の真実」

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「満月の下の真実」

満月が夜空に輝く。大きな円盤のようなその光は、静けさを孕んだ森を優しく照らしている。木々の葉はさざめき、風が優雅に流れる小川の水面をかすめていく。小川はこの森の生命線であり、周囲の生き物たちにとっては欠かせない存在だった。

しかし、今夜の光景は普段の穏やかなものとは違っていた。この森の奥深く、目に見えない闇の王国がひしめきあっているのだった。満月の下でトントンと水の音を立てる小川の水面を、不気味な影が横切る。羽音のしない闇の生き物たちが、その正体を隠したまま動き回っているのだ。

「ここが…かの闇の王国ですか?」若者の声が響いた。彼の名はアキラ。この森の外からやってきた冒険者だ。彼は幼いころから、伝説の闇の王国とそこに住む恐ろしい王の話を聞いて育った。彼は好奇心に駆られ、勇気を振り絞ってこの森に足を踏み入れたのだ。

そして今、満月の下、流れる小川のあたりでその影を見た。彼がさらに進むと、突然、目の前に黒い霧が立ち現れた。不意に冷たい風を感じた。それは生命を奪うような冷たい感触で、アキラの心臓がドキリと跳ねあがる。

「誰なのか!?」声を震わせながらも、彼はその霧に向かって叫ぶ。霧がゆっくりと形を変え、徐々に人間の姿を現した。黒いローブで全身を包んだその者は、闇の王国の王、レイヴンだった。彼の目は暗く深い渦のようで、アキラの心を見透かすかのように輝いていた。

「若き冒険者よ、なぜこの地に来た?」レイヴンは冷ややかな声で問いかける。

「あなたの伝説を知って、確かめたくなったからです。」アキラは覚悟を決めて答えた。「恐れられているのは本当なのか、あなたに会いたかった。」

「恐れられているのは、即ち理解されていないからだ。」王は言った。「我が国は、人々の願いを受け入れるために存在する。しかし、真実を知る者は少ない。」

アキラは不安に思いながらも、勇気を振り絞って続けた。「それでも、私はあなたがなぜ恐れられる存在なのかを知りたい。そして、町の人々も、あなたを恐れる理由を知りたがっている。」

レイヴンは静かに微笑んだ。「ならば、お前の目で見、耳で聞け。真実を理解することで、恐れは恐怖から知識に変わるのだ。」

彼は手をかざし、黒い霧の中から流れる小川の水がその周りに集まり出した。水流が集まり、透明な屏風のような壁ができる。小川のせせらぎと共に、王国の過去の映像が浮かび上がった。

アキラは目を見開いた。彼の目の前に広がるのは、かつて平和で美しい王国の景色だった。人々が楽しそうに笑いながら、流れる小川で遊ぶ姿が映し出され、誰もが幸せそうに暮らしていた。しかし、その幸福は一瞬にして崩れ去った。

映像の中で、闇の力を持った者たちが現れ、王国は恐怖に包まれる。人々は次第に恐れを抱くようになり、やがて王を拒絶し、背を向けてしまった。流れる小川の水も、次第に濁り、王国は暗闇に覆われてしまった。

「これが私の運命だ。」レイヴンは静かに言った。「私の存在が恐れとなり、贖罪として独りで闇を背負うこととなった。」

アキラは心が痛んだ。王の姿を見て、彼が苦しんでいることを痛感した。「あなたの真意を理解しました。あなたは恐れから孤独になってしまったのですね。人々は誤解しているだけなのに…」

「そうだ。だが、どうしようもできないのだ。」レイヴンは言った。「無知は恐怖を生み出し、人々はそれを選ぶのだ。」

アキラは深い決意を抱いた。「では、私が町に戻って、真実を伝えます。あなたがどんな存在であるか、何が起きたのかを。」

王は微動だにせず、アキラを見つめていた。「果たして、それが可能なのか?恐怖は根深いものだから。」

「でも、そうでなければ闇は永遠に消えないと思います。」アキラの言葉は真剣だった。「満月が照らすこの夜が、あなたの苦しみを打破する一歩となるはずです。」

レイヴンは静かに頷いた。彼の眼差しには、長い間失っていた希望が宿っていた。「ならば、行け。だが、必ず覚えておけ。光と闇は表裏一体。真実を知る者が希望をもたらすのだ。」

アキラは再び流れる小川の音を聴きながらその場を離れ、森の奥から出て行った。彼の心には、王の存在が恐れを生むことはないという決意と、闇の中に潜む真実の美しさが灯っていたのだった。

満月の明かりが彼の道を示し、流れる小川はその音でアキラの心を受け入れてくれるように感じられた。闇の王国の伝説は、彼の口を通じて新たな意味を持ち、そして再生へと向かうのだと信じて。


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