「迷路の影」
薄暗い街の片隅、廃墟となった工場が立ち尽くしていた。周囲は藪に囲まれ、日が当たらない場所となっていた。ここは子供たちにとって、探検の場であり、ちょっとした冒険を味わう場所でもあった。特に、一年に一度、近隣の小学校の生徒たちが集まって大規模な落書き大会を開くのが恒例であった。この日、子供たちは一斉に集まり、思い思いの絵を描き始めた。
フェスティバルのように賑やかな雰囲気が漂う中、ひとりの少年、ユウタは周りを気にすることなく、夢中でスプレー缶を振るっていた。色とりどりの絵が巨大な工場の壁に次々と現れ、彼の想像力を形にしていく。しかし、壁には既に多くの落書きがあり、その中には奇妙な絵や文字が紛れ込んでいた。特に目を引いたのは、血のような赤色で描かれた不気味な迷路の模様だった。
「これ、誰が描いたんだろう?」ユウタは友達のケンに尋ねた。
「知らないよ。変なやつだな」とケンは笑った。後ろでは、友達たちがケンの意見に賛同している。
「見えない犯人がいるってこと?誰も気にしないのか?」ユウタは戸惑いながらも、落書き大会に戻った。その時、彼の心には一つの疑問が根付いていた。なぜ、あの迷路は他の落書きと異質に見えたのか?
数日後、町の掲示板に「迷路の謎を解け!」というイベントの告知が掲示された。町全体を巻き込む巨大迷路が工場跡地に作られるというのだ。ユウタは興味を惹かれ、友達と一緒に参加することに決めた。また、例の落書きも関連しているのではないかという思いが胸の内で大きくなっていた。
迷路の日、参加者たちが集まってきた。この巨大な迷路は、見渡す限りの壁で囲まれた複雑な構造をしていた。ユウタは胸の高鳴りを抑えながら、友達と共にスタート地点に並ぶ。開始の合図で、彼たちは一斉に迷路に飛び込んだ。
途中、ユウタは何度も道を迷った。周りには他の参加者たちもいるが、次第に顔が見えなくなった。まるで、彼だけが迷路の中に取り残されたかのような錯覚を覚えた。そして、その瞬間、何か不気味な感覚が背筋を走る。
ふと、迷路の壁に映る影が揺らいでいるのを見つけた。「この先に、誰かいるのか?」と声を上げるが返事はない。そして、壁に描かれたあの不気味な迷路の模様が、次第に動き出しているように見えた。まるで自分を取り囲むように意識が広がっていく。これが見えない犯人の仕業なのだろうか。
心の中に宿る恐怖を抱えながら、彼は進んでいく。温かい風が吹いてくるたびに、冷たい汗が流れた。ついに、ユウタは迷路の中心に辿り着いた。そこに現れたのは、またあの赤い迷路の模様だった。だが今度は、それが消えかけていた。
「誰かいるの?!」ユウタは叫んだ。反響した声だけが返ってくる。次の瞬間、突然周囲の壁が崩れ始めた。圧倒的な力に押し寄せられ、ユウタは逃げることを余儀なくされた。奔流のように押し寄せる砂埃の中、彼はかすかな声を聞いた。「迷路を出られないと思っているのか?」
その声は、まるで無数の囁きのようにユウタの耳を打った。しかし、彼は恐怖に抗い、真っ直ぐ前を見据えた。「誰だ!」声を上げると、突然、目の前の壁が開き、出口が見えた。
迷路を駆け抜ける。後ろからの囁きが彼の魂を引き止めようとしているが、ユウタは振り向かずに全力で走り抜けた。外に出た瞬間、彼は倒れ込み、草の香りに包まれた。
気がつくと、周りには友達や参加者たちが心配そうに彼を見つめていた。「大丈夫か?」心配する声が聞こえる。ユウタは息を整えながら立ち上がった。
彼は迷路の中で見えない犯人の存在に気づいていた。それは自分の内面の恐怖や疑念だったのかもしれない。落書きのように、人間の心にも様々な模様が描かれているのだと。ユウタは自分自身を見つめ直し、勇気を持って前に進むことを決心した。外の光が、彼に新たな希望をもたらしていた。