「孤独な神の面接」

秋の気配が近づくある日、浩樹は街の片隅にある小さな会社の面接会場に向かっていた。面接のためのスーツは少し肩が凝るが、彼は自分を奮い立たせるようにしっかりと前を見据える。

駅のホームを歩いていると、目の前を通り過ぎた女性たちの話し声が耳に入った。「最近、街の噂がすごいって知ってる？ あの孤独な神が、どうとか…」

浩樹はその言葉に耳を傾けた。孤独な神？ 何のことかよく分からないが、彼の心の中で好奇心がくすぶる。普段は人ごみに飲み込まれて孤独感を覚える浩樹が、少しでもその噂の真相を知りたいと思うのも無理はなかった。

面接室に入ると、緊張感が漂っていた。シンプルなデザインの長テーブルの向こうには、穏やかな顔立ちの中年の面接官が座っていた。彼は面接を始めると、浩樹の履歴を淡々と読み上げた。「大学では文学を専攻されていたそうですが、その選択の理由を教えていただけますか？」

浩樹はためらった。文学の道を選んだ理由は深い孤独感だった。何かにつけて、彼は自己と向き合うことが苦手だった。そのせいで選んだ学問だったが、聞かれた瞬間、言葉が出てこない。そんな時、ふと彼の脳裏にあの女性たちの噂が蘇った。「神は孤独を愛する人」とか「神は人々を見守っているが、決して近づいては来ない」といった話が目に浮かぶ。

冷静さを持つ中年の面接官が、浩樹の顔をじっと見つめていた。「迷っているようですが、何かお困りですか？」

浩樹は息をのんだ。自分の心の中に突如として現れた神の存在や街の噂を、どうして彼自身に重ねあわせてしまったのか。彼はついに口を開いた。「自分にとって文学は…孤独の中に見つける光のようなものです。」

面接官は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに頷いた。「それは素晴らしい視点ですね。では、あなたが孤独を克服するために試みたことは何ですか？」

浩樹は心の中の声に響かせる。孤独を乗り越えるために、彼が試みたことは実にたくさんあった。しかし、ふとした瞬間、彼は街の噂と神の存在が頭の中で交錯し始めた。「ある時、街の一角にある老舗の喫茶店で、一人の常連客が静かに本を読んでいたんです。雰囲気がまるで神のようで、彼は存在感がありました。その人がいることで、周囲が静まり返る。もしかして、その人こそが、孤独を愛する神なのではないか…なんて、思ったことがあります。」浩樹は自分の言葉に少し驚く。

面接官は毅然とした表情を崩さず、「それを神と呼ぶのであれば、私たちは日常の中に神を見つけることができるとおっしゃっていらっしゃるのですね」と切り返した。思いもしなかった返しに、浩樹は心を揺さぶられた。彼の中で「孤独な神」は「人との繋がり」を求めていたのかもしれない。

面接は佳境に入った。浩樹は自分の心をさらけ出すように、「孤独は時に私たちを強くし、時には私たちを弱くもします。神の存在を感じる瞬間もあれば、全く逆に感じることもあります。その両方が大切で、両方が私を形成しています」と語った。

面接官はゆっくりと微笑み、メモを取り続けていた。そして再び彼の目を見て、「あなたのような方が、この会社に来ていただけると非常に嬉しいです」と言い、次の質問に移った。

面接の後、浩樹は会社を後にしながら、孤独な神のことを考えた。街の噂の真意を知ったわけではないが、どこかその存在を近くに感じるようになっていた。彼が見たあの常連客や、街の片隅で静かに佇む人々。その笑顔や眼差しは、彼の心を少しずつ温かくする。

彼は一歩一歩、街の中を進む。面接の珍事から得た気持ちは、彼を変えることができるだろう。そして、孤独を恐れ、不安に感じる自分自身に、いつしか寄り添うことができる日が来るかもしれない。街の噂に流されず、自分だけの神との関係を築ける日が。その時、彼自身もまた、周囲の誰かにとっての「孤独な神」となれるのかもしれない。