「濁流の影」

短編小説
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「濁流の影」

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「濁流の影」

雨がしとしとと降り続ける中、村のはずれにある古びた橋を渡るのは、誰にとっても気が重い仕事だった。特にこの時季、濁流と化した川の水は、橋の下で不気味にうねっていた。そんな中、若い職人の翔太は、朝からの雨にもかかわらず、かさを手に持って橋を渡ろうとしていた。今日こそ、友人の太一に渡し船の修理を頼まれていたからだ。

翔太は、橋を渡る前に少し立ち止まって、流れを見つめた。湧き上がる水しぶきと、流れる木の葉や小枝。彼はこの川の水が決して穏やかではないことを知っていた。雨の日のトラブルを避けるために早く戻りたかったが、友人を助けるために、足を進めることにした。

橋を渡り始めた瞬間、横から強い風が吹いた。カサがめくれそうになり、翔太は必死にそれを抑え込んだ。心の中で不安が広がる。果たして、今日の渡し船は大丈夫なのだろうか。途中、橋の真ん中で何かが目に挟まった。目を凝らしてみると、濡れた橋の板の隙間から、鏡のような光を放つ何かが見えた。翔太は、それを不思議に思い近づいてみた。

近づくにつれて、その光は次第に人影の形を帯びていった。驚きと恐れが同時に胸を締めつける。鏡の中の人影は、彼に向かって手を伸ばしているように見えた。「助けて…」かすれ声が耳に届いた。翔太は目を疑った。そんな恐ろしい光景に近づく勇気が出ず、後ずさりしようとした瞬間、足元の板がきしんだ。完全に恐怖に取り憑かれた彼は、思わず逃げ出した。

何が起きたのか分からないまま、翔太は急いで橋を渡りきり、渡し船のある小屋へと直行した。小屋に入ると、太一が待っていた。雨でぬれたその表情は憂いを帯びていた。「おい、どうしたんだ?顔色が悪いぞ」と太一は言った。翔太は、さっきの出来事をすぐに口に出せなかった。

「えっと、橋のところでね、ちょっと変なものを見たんだ…」思い返すと、あの影が忘れられない。太一は心配そうに眉をひそめた。「最近、橋のあたりでは不思議なことが多いらしいよ。特にこの雨の日は。注意した方がいい。」

しかし、翔太はその言葉には耳を貸さず、渡し船に取りかかることにした。外の雨音が激しくなり、川がますます増水していった。「急ごう、早く直さないと、またネズミが入ってくる」と太一は言った。彼はすぐに工具を取り出し、翔太と共に修理を始めた。

だが、修理は思うようにいかなかった。雨の影響で船体が滑りやすく、作業はなかなか進展しない。そのうち、外から大きな音が聞こえた。雷鳴。翔太は心臓が高鳴り、視線を外に向けた。激しい雨が水面に叩きつけられ、視界が悪くなる。完全に雲に覆われた空に、再び雷が走った。

「こんな日は渡し船に乗らない方がいい!」翔太は叫んだが、急いで直したとしても、十分な安全が確保できていない。この状況では、どう考えても危険だ。思い切って、翔太は修理を中断することを決意した。

「今は渡さないよ、今日はやめよう」と伝えると、太一も頷いた。急いで船を固定し、漁船の方へ移動することにした。一瞬、翔太はあの人影を思い出す。彼は流血するような恐怖を感じた。

しかし、太一が突然大声を上げた。「翔太、見てみろ!」何事か振り向いた翔太は、雨の中に小さな光を目にした。それは間違いなく渡し船が出航する合図だ。もしかして、あの人影が乗っているのか?恐怖が再び彼を襲った。

「待て、まだ行くのは危険だ。やっぱりやめよう!」翔太は叫ぶ。しかし太一は「行った方がいい、あれは現実だ!」と叫んだ。意を決して、二人は渡し船に向かって走り出す。

川の水はますます高くなり、轟音の中で二人は必死に船に飛び乗った。しかし、その瞬間、船が揺れ、翔太は恐ろしいバランスを崩しそうになった。川は彼を飲み込むほどの波を立て、泥水が装った渦に飲まれそうだった。

翔太は必死になって舵を握り、船を引き戻そうとした。「急げ、急げ!」と叫びながら、力を振り絞り、冷静さを保とうとした。しかし、あの人影が再び脳裏に浮かび、彼はもう一度恐怖の影に取りつかれた。

「止めろ、頼む!」と、翔太は叫んだ。雷の音とともに、霧の中から現れたのは、再び現れた人影だった。だが、それは逃げるように川の向こう側に消える。翔太は不思議な力に引きずられるように、立ち尽くした。

「翔太、しっかりしろ、目を離すな!」太一の声が響く。翔太は彼の言葉をかみしめながら、再び水面に目を戻した。雨の日のトラブルは、どんどん彼をこの不可思議な現象に引き込んでいく。しかし、その先に何が待っているのか、翔太はまだ知らない。


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