「消えない落書きの約束」

短編小説
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「消えない落書きの約束」

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「消えない落書きの約束」

空は灰色に曇り、街全体がひどく薄暗いように感じられる。廃墟と化した都市の中心を歩くと、手つかずのままの住宅街や、草に覆われた道路が、かつての繁栄を物語っていた。人々の姿はほとんど見当たらず、耳を澄ませば、風に乗って微かな羽音が聞こえた。生き物たちは、絶滅危機に瀕していたのだ。

ミナは、ひとり静かに歩いていた。彼女の指先には、かすかに温もりを残したクレヨンが握られていた。それは、彼女が最初に自分の家で落書きをした時の思い出を辿るための武器だった。消えない落書きと呼ばれる伝説の存在が、それを実現するために息づいていると信じていたのだ。

「ここが…」ミナは薄暗いトンネルを抜け、かつて賑わっていた風車のある広場に踏み込んだ。壊れた風車が、倒れた木々の間から顔を出していた。周囲は静まり返り、風車は朽ち果てた金属の部品を無造作に散乱させていた。ミナは風車の近くに立ち、思わず手を伸ばした。冷たく、ザラザラした金属に触れ、彼女の心は少しだけ軽くなった。

この風車は、かつては風のエネルギーを利用して人々に電力を供給していた。しかし、宇宙から来た災害によって、地球の環境は変わり果ててしまった。人々は絶滅危機に直面し、必要なものを生み出す力を失っていった。ミナは、その時代の遺物に触れ、過去の偉大さを感じる。彼女の手のひらには、母親から受け継いだ小さな絵本があった。そのページは色あせ、描かれた絵は消えかけていたが、心の奥底にはしっかりと残っていた。

彼女はその絵本を開いた。二人の子供が楽しげに笑い合い、風車の周りで遊んでいる絵が描かれていた。ミナはその絵が描かれた場所に立ち、どこか懐かしく、切ない気分に駆られた。「私も遊びたかった…」無意識のうちに呟いた。

思いも寄らず、彼女の声が返ってきたかのように、小さな影が横切った。ミナは振り返ると、そこには少年が立っていた。彼の服はぼろぼろで、目は好奇心に満ちていた。彼もまた、この壊れた世界の住人なのか。集まらない被写体の前で、彼の目は鋭く輝いていた。

「君も落書きするの?」少年はミナのクレヨンを見つめて尋ねた。

「ええ、とても大事なことなんだ。思い出を消さないために…」彼女は言った。それから、少年も同じように感じていることに、少しだけ安堵した。

「僕も描くよ。ここに何か絵を描こう!」彼は無邪気に言い、ミナは思わず笑ってしまった。二人は手を取り合い、壊れた風車の脇に小さな絵を描き始めた。

ミナは、太陽を描いた。黄とオレンジの楕円形を、想像力を働かせて丁寧に塗りつぶし、周囲には様々な色の花を咲かせた。それを見て、少年も描くことに夢中になった。彼は青い空と、雲の中に小さな鳥を描いた。二人の描いた絵は、壊れた風車が持つ無機質な黒から、少しだけ色が加わった。

「この絵が消えたらどうする?」少年が不安そうに言った。

「それは、私たちの心の中に残るよ。消えない落書きだもの。」彼女は自信を持って返した。

その時、周囲の風が強くなり、広場にいつの間にか集まった他の子どもたちが、彼らの絵を見つめていた。彼女たちも、消えない落書きをしているように見えた。ミナは感動し、心の奥底に何かが芽生えていくのを感じた。失われた世界でも、希望を見つける力があるのだと。

彼らは一つのチームとなり、壊れた風車の周りに大きな絵を描き続けた。太陽、花、動物、そして時折自分たちの姿も。色彩が広がり、灰色の世界の中で鮮やかな光景が生まれていく。彼らは消えない落書きを創り上げ、この壊れた風車のそばに居座ることで、自分たちの存在理由を見出していた。

いつしか、空は少しだけ晴れ間を見せ、風車の上には虹がかかった。ミナたちはその美しさに目を奪われ、希望を胸に小さな絵を描き続けた。失われたと感じたものの中に、再び力を求めながら。そして、そこには一つの約束が生まれていた。二度と消えないように、互いに想いをつなげ続けることを。


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