「霧の中の石の心」

短編小説
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「霧の中の石の心」

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「霧の中の石の心」

霧が立ちこめる朝、かつて賑わいを見せた小さな廃駅が静寂の中に埋もれていた。駅舎は風化し、緑が絡まりついている。いつの間にか人々の記憶から薄れてしまったこの場所は、ただの廃墟と化していた。しかし、訪れる者が誰もいないこの場所には、かつての栄光と哀しみが色濃く残されていた。

駅のホームに立つと、遠くの山々が薄っすらと見え、幻影のように霧がかかっている。ふと、子どものような無邪気さが胸をよぎり、彼女はその中に消えて行く幻を見た。

「かつての夢、かつての仲間たち…」彼女は思った。彼女は街の喧騒から逃れ、この廃駅を訪れた。名も無き冒険者のように、彷徨いながら心の奥底に眠っている記憶を探していたからだ。

「私もここで笑っていたのかな?」彼女はベンチに腰を下ろすと、朽ちた木の角に小さな石を見つけた。それを手に取り、何かに呼び寄せられるようにその石を見つめた。黒く光るその石は、彼女に「石の心」と呼ばれるものを感じさせた。それは終わりを迎えた時間を、そのまま保持しているかのようだった。

彼女の耳元に柔らかな声が響いた。「ここにいるよ、まだ私たちは消えてはいない。」

その声に驚いて振り向くと、霧の中から幼い頃の友人たちが現れた。誰もが笑顔で、その瞬間を楽しんでいる。その光景はまるで夢のようだった。彼女の心はどこかノスタルジーに満たされ、もっとその時間を楽しみたいと思った。

「私たちと一緒に遊ぼうよ!」幼い頃の彼女が言った。彼女は胸が高鳴り、すぐにそうすることに決めた。久しぶりに感じる無邪気さに、心が軽くなった。

しかし、現実の世界では、彼女の意識は次第に薄れていく。廃駅の看板には「最終列車」などの文字が消え、ただの朽ちた木に変わっていく。彼女は急ぎ足で友人たちに追いかけようとするが、どんどん霧が濃くなり、その影が遠ざかっていく。

その時、手に持った石が微かに光り、彼女はその石を握りしめた。石の心は、彼女を現実に引き戻す力を持っていたのかもしれない。「おいで、こっちだよ!」と言いながら、友人たちは待ち受けている。彼女は恐怖を感じながらも、その心の奥底にある「大切な何か」を確かめたかった。

霧の幻がますます濃くなる中で、彼女は背中を押されるように進んだ。かつての思い出を辿りながら、駅の奥へと進む。彼女の心にはあの日の笑い声が響いている。「ずっと一緒だよ、永遠に。」その言葉が頭に響いた。

しかし次の瞬間、彼女は意識が遠のくのを感じた。周囲は真っ白な霧に包まれ、彼女の身体は重たくなり、動けなくなっていく。視界が白く染まっていき、彼女は「石の心」を握ったまま、どこか別の次元に引き込まれていった。

目を開けると、彼女は夢から覚めたような感覚に襲われた。あの廃駅、あの友人たちはどこに行ったのだろうか?廃駅はなく、ただの霧の海が広がっていた。彼女は決して忘れることのない思い出が、あの場所に残されていることを知った。「いつでもここに生き続けている」と、彼女は感じた。

彼女は再び石を見つめた。その石は今、彼女の心の中で輝いているように感じられた。「我々は決して消えない」と、心の中で囁く声がした。彼女はその声に頷き、再び立ち上がった。廃駅には戻れないが、彼女の心の中には、あのタイムカプセルのような思い出が永遠に保存されている。

彼女は歩き続ける。この街の喧騒の中で、その思い出と共に。霧が晴れ、鮮やかな青空が見え始めた。それでも彼女は廃駅での出来事を決して忘れないだろう。そこには、彼女の心の一部が宿っているのだから。


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