「ブラックホールの彼方へ」

短編小説
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「ブラックホールの彼方へ」

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「ブラックホールの彼方へ」

星空の下、彼女は黒いスケッチブックを抱えていた。彼女の名前はユリ。彼女はいつもためらいを感じていた。このスケッチブックには、彼女が思いついたことをすべて描いていたが、どれも人前には見せられない、彼女だけの秘密の落書きだった。

「見せたいけれど、見せられない」という矛盾した感情が彼女の心を支配していた。夢の中で描いた宇宙の風景、特にブラックホールは、彼女の心の中に強い印象を残していた。その壮大さに惹かれる一方で、深い闇の中に引き込まれそうな恐怖もあった。

夜空を見上げると、無数の星が散りばめられ、まるで彼女の心の奥底にある感情を映し出すようだった。彼女は思わずスケッチブックを開き、そこにあった黒い線を使って、ブラックホールの形を描き始めた。渦巻く星々と重力に引き寄せられる世界が、彼女の指先から次第に形になっていく。

描くことは彼女にとって特別な意味を持っていた。彼女は周囲の期待や評価を恐れ、作品を世に出すことにためらいを感じていた。人と接することも緊張を伴った。彼女の心の中に存在する不安が、彼女の才能を押しつぶしていくようだった。スケッチブックは彼女の逃げ場であり、真実を語る場所でもあった。

深夜の公園でひとしきり描いた後、ユリは満足感に浸った。黒いページには、自分の感情が満ち満ちていた。彼女の落書きは、不完全ながらも、彼女の心の叫びだった。しかし、誰かに見せることはできなかった。見せた瞬間、自分が壊れてしまうような恐怖があった。彼女のペン先は一瞬止まり、ためらいが彼女の心を捕らえた。

「このままでいいのだろうか?」ユリは自問自答する。友人や家族に理解されずに、埋もれてしまうのではないか。周囲の人々に対する恐れが、彼女を孤独な道へと導いていた。しかし、一方で、見知らぬ誰かに共鳴される自分を想像することも同時にしていた。自己表現の怖れと希望の狭間で、彼女の心は揺れ動いていた。

そんな時、彼女の目に星座が留まった。流れ星が一瞬、空を引き裂くように輝いた。その瞬間、心の奥にあった「この瞬間を誰かと分かち合いたい」という思いが、再び湧き上がってきた。ユリは少しだけ勇気を奮い起こし、スケッチブックを閉じた。ここに留まらず、何かを始める必要があると感じた。

翌日、彼女は自分の描いたブラックホールのスケッチを見つめながら、思い切ってアート展示会に応募することを決意した。展示会の場で人々と気持ちを交わし、自分の作品を共有することで、心の中のためらいを少しでも解消できるかもしれない。その思いは、今までになく強いものだった。

展示会の日、ユリは緊張しながら会場に向かった。周囲の作品に目を引かれ、自分の作品が並ぶ場所にたどり着くと、心臓が高鳴った。彼女の描いたブラックホールは、周囲の美しい色彩の作品の中で、異彩を放っていた。

一人の鑑賞者が近づいてきた。彼女は恐れを感じたが、同時に自分の心の奥の何かが彼を惹きつけていることも理解した。作品をじっと見つめ、おもむろに彼女に問いかけた。「このブラックホールは、あなたの心の中にある闇を描いているのですか?」その言葉は、ユリの心に響いた。

「実は…」彼女は言葉を選びながら答えた。「私の中にあるためらいです。このブラックホールが、私の感情の全てを飲み込んでしまうのではないかという恐れを表しています。」彼女の言葉は、正直な感情の吐露となった。話をすることで、彼女の心が少し軽くなった気がした。

その後、彼女は他の鑑賞者とも意見を交わしたり、熱い議論に参加したりした。彼女は自分の作品が他者に影響を与えていることを感じ、これまでのためらいが徐々に薄れていくのを実感した。

展示会を終えた後、ユリは達成感を感じ、もっと自由に描いていこうと思った。彼女は自分の落書きに、自信を持つことができるようになり、他者と分かち合うことの素晴らしさを体験した。

かつて彼女が描いていたブラックホールは、もはや恐怖の象徴ではなく、新たな可能性の象徴として彼女の中に生き続けることになった。彼女は次なる描写に向けて再びペンを取り、心に秘めた想いをスケッチブックに落としてゆくのだった。


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